HOME>>三菱電機・ユーザー検証


高須賀製作所(埼玉県上尾市)

「ユニバーサルデザイン」提案で差別化
 昭和26年に埼玉県北足立郡桶川町で産声を上げた高須賀製作所。輸送用機械器具製造、工作機械等に向けた板金、それらに付随するレーザ切断加工や溶接、製缶加工など、ステンレス・アルミなど難鋼材の加工全般を請け負っている。
 昨年度の売上げは3億円を超え、バブル期に記録した最高益の更新にも手が届くところまで来た。「大手さんはともかく、中小企業ではバブル越えが出来ているところはまだ少ない。今年度は、10%近くの上積みが期待できる。あと2年ほどで目指したい」。
 現在、建機と工作機械に関連した部品加工は活況を呈しているが、同社でもその分野の伸張は大きいという。建機関連では高所作業車のような特殊車両関連の作業籠の部品などが主要。また、工作機械では機械カバーが中心。同社が創業時以来、取引が続いているという三井精機工業の立形マシニングセンタ「Vertex」シリーズのカバーなども同社の製品である。「お取引先との会話の中で、『(建機業界・工作機械業界ともに)外需主導で好況が続いているが、その最大の市場である中国では、産業インフラの根本の部分で必要とされているのでしばらく景気が落ちる見込みはない』という声を耳にする。BRICsや途上国では最低限レベルのインフラ整備のための需要であるように見えるので、このまま続く雰囲気はある」。
 どのような加工業態であっても、近年の加工業者に求められるものは「より付加価値の付いた商品」と呼ばれるもの。板金加工業においてもそれは変わりないという。高品質・低コスト・短納期は当たり前のこととして、板金加工に関しての付加価値をどのように考え付け加えるかに苦心しているようだ。同社では、材料切断から折り曲げ、溶接を含めたアセンブリまでの全てを請け負える体制を整える。工場には、2次元レーザ加工機3台、各種切断機5台、ブレーキ・ベンダー5台(NCが3台)、溶接機15台、その他汎用機械9台と様々な仕事に対応できる設備をそろえている。「グローバル化が進む中、カバーに関しては(国内・海外のユーザー関係なく、作業者の使い勝手や安全性に考慮した)『ユニバーサルデザイン』を求めていく必要がある。また、新しい工法の確立も大切なこと。現在は、ユニット工法などは当たり前になってきた。設備の技術的成長やワークの素材の変化に対応し、梁のない工法・骨のない工法など、今後求められる工法を社内で確立していかなくてはならない」。
 デザインのセンスも必要だという。「結局は切って張る世界。如何にヒズミを無くし、溶接を少なくするかが基本。応力がどのように掛かるかはある程度解析できるようになってきた。今後は、箱型のデザインではなく、人間が和らぐようなデザインを考えることが大切になる。また、単に開発するだけでなく、それらをユーザーに提案していける力も必要となってくる」。
 このように『差別化』を図る上で「中小企業こそ社員の育成が大事」と社員教育には熱心だ。現場の作業者には社内の仕事全てに一度は従事させる。また、各種講習会に通わせ、さらに各人の得意な分野について相互に教えあう勉強会も開いている。自らの伸ばすべき才能、克服すべき課題を自覚してもらいたいのだという。「会社、経営者から与えられた目標に向かって努力するだけでなく、個人的に目標を持ち、自分のライフスタイルを確立し、自分たちの仕事に誇りを持ってもらいたい」。
 海外との競争が激しくなる中、板金加工には自動化を進めることも大事だという。切断、曲げ、溶接の工程間の加工タクトをでは明らかにベンダーのタクトが短く、それらを均一化するためにも、多面パレットチェンジャを用いたレーザ切断の自動化には魅力を感じているという。
 同社では2次元レーザ加工機を3台据えている。その全てが三菱電機製。昨年8月には、旧来機から設備更新として2面パレットで出力4kWの「HVP‐40CF」を導入した。同社が最初にレーザ加工機を導入したのは1991年のこと。「アマダ製品と比較検討していたが、鋳物、NC、発振器と機械の重要部品を全て自社製品で組んでいたのは三菱電機。アフターフォローを考え、三菱電機を選んだ。サービスと販売と製造とはワンセットと考えている。三菱電機が製造した製品を、カナデンさんを通じて購入し、RKEさんにメンテを依頼しているが、3社とも三菱グループでフォローアップできる点は三菱さんの強みだと思う」。
 この10年で三菱レーザの技術が大きく伸びたと感じるという。特にこの数年間の成長に賛辞を送る。「レーザ加工機に求めるものは、継続してメンテナンスレスで加工できること。つまり、イニシャルコストが高くても稼働率が高くランニングコストを低減できる機械が欲しい。製造出身の野間口会長がトップに就かれて以来、三菱電機の『本気』を強く感じる。以前は時折、チャンピオンデータの条件で加工しなければならない事があり、機械に無理がかかり、レンズ交換等、メンテナンス面の負担が大きかったことがあったが、今では機械の性能が高く更に安定し、そのような問題は全く消えた。定期的にメンテを行う以外、止まることなく稼動してく
れている」。


進和精密(愛知県小牧市)

3000×1600×1100の「2頭式」などオリジナル機を駆使
 インパネ、バンパー、ドアの内張りなど、車関連の樹脂型向けの放電加工をメインに手がける進和精密を訪問した。創業者の丹羽進社長は平成14年に放電加工分野で初めて黄綬褒章を受賞した、折り紙つきの"放電屋"さんで、いわゆる型屋さん(大手企業なら金型部門)からの放電加工工程を受注する、賃加工で業績を伸ばしてきた。
 特徴のひとつは、90年ごろから「顔をつくる」ために大型機を導入して差別化を図ってきたこと。直接のきっかけは、バブル崩壊による各社からのコストダウン要請にあったが、樹脂型を狙ったのは「値段競争からはある程度自由な余地があったから」だそうだ。
 「しかし00年に入るとカーメーカーからの金型価格の切り崩しが始まり、当社も右往左往した。取引上で付加価値を付けるため、グラファイトの電極づくりをスタートさせたのもこの頃からだが、短納期対応を武器にして見かけ上のコストに拘泥しない顧客を選びつつ受注活動を展開していった」。
 現在の取引企業はおよそ30社。うち半分の15社は常連で占める。
 「ワイヤカットでは特徴を出しにくいが、放電加工機は扱いにくい。位置決め、揺動、Z軸といった、スピードに関わらない管理の難しさのほか、スピードに関わるスラッジの排出、加工条件、取り付け治具といった"変数"はまさにトライ&エラーの連続。その中からベストチョイスしていくしかない。逆に言えば難度が高い分、納期とその出来栄えによってアピールできる」
 今では型屋さんも外注に依存せずには立ち行かなくなってきている状況にある。他社が2週間なら「進和さんは10日間」という納期勝負で信頼され、しかも「時間が読める」ことに安心が寄せられている。受注先が徳島、大阪、静岡、群馬と1地域に偏在しないのはその証でもある。昨年は群馬工場(桐生市)を立ち上げた。
 「車関連の金型はインパネ、バンパーといった大物からグリル、ドアミラー、用品類といった小物の順にオーダーが入ってくる。手間のかかるものから型屋さんも受注するため、我々のような賃加工業に頼らざるを得ない。我々はノウハウを提供させて頂いているようなもの」
 丹羽社長はかつて三菱電機に15年間在職し、電源の開発、機械の製作も自ら手がけていたため、放電加工に関わるノウハウは知り尽くしている。車のバンパーといった大物に対応するため、3000×1600×1100という大型機で、しかも短納期対応を図るため「2頭式」の特注機を複数台導入している点に触れるだけでも、実績・経験に裏打ちされた、豊富な発想の一端が伺えるのではないか。
 「三菱電機の電源特性は確かに優れている。カスタマイズされた大型機の性能はその反映をストレートに受けているが、車部品の中で大物対応できる普及機となるとまだまだ改善の余地がある」
 と辛口評も飛び出た。
  (取材メモ)
 00年からの金型価格のコストダウン要請の強まりを受けて、一時、進和精密では航空機の分野に手を染めたこともあった。H2Aロケットへの関わりもそのひとつだったが「総じて大手メーカーは現場に軸足を置かず、数字管理(経営)に走る傾向が強い。技術蓄積に?が付くケースもままある」という苦い経験も味わったそうだ。「国内は今後も右肩上がりは期待できない」との認識を持つ2代目となる丹羽和独専務の力点は「カーメーカーから求められるQCDのトータルバランスでいかに差別化していくか。特に加工時間短縮を通じて、当社での1人当たりの単価を上げていくことに腐心する」ことに集約される。


コーセイ(神戸市西区)

EA-12V導入で狭ピッチコネクタの仕事量拡大
 コネクタ関連の金型製作一筋で30年余となるコーセイ(杉山勝己社長、神戸市西区高塚台)を訪問した。日本のものづくり技術の真骨頂と言えば微細、精密分野。その王道のひとつである狭ピッチ、光、それぞれのコネクタづくりで大手メーカーからの絶大な信頼を得、協力工場として"絶対指名"の「A」ランクを不動のものにしている実力派だ。
 創業は昭和47年。杉山勝己社長が18歳のとき、当時、焼き入れ金型づくりで「ピカイチ」と言われた京都の型屋さんに就職。3年の在籍の間「これから何が儲かるか」を考え、型屋を選択したそうだ。
 「当時、ほとんどなかった焼き入れ金型はひとつの"ウリ"になった。また、神戸ではゴム型しかなかったのも目立つ要因に挙げられる。何とか大阪にお客さんを見つけ研削盤を1台買ってスタートした」
 ファックスはない。図面は郵送。当時、どこもそうだろうが、デリバリーでは四苦八苦。夜間の配達も日常茶飯事だったが、大阪のお客さんに認められたことがきっかけとなり、その後、口コミで岡山、三重、神奈川と次第に仕事が増えていき、コネクタ、狭ピッチコネクタに加え、光コネクタの製作に手を染めるようになっていった。
 「狭ピッチコネクタはモノが小さいだけに、例えばコーナーに1/100の当て傷があっても肉厚が0・15ミリ程度なので不良品になってしまう。今では放電では公差±2ミクロン以内、研削レベルでは1ミクロン以下をクリアしなければ要望に応えられなくなっている」と言う。
 工具顕微鏡を使っての測定でも、モノを上から計測するか、横から計測するかで誤差の生じる世界だ。
 「光コネクタとなるとさらに精緻を極め一万分の5以下のレベル。01年のITバブルが弾けた頃から丸穴の光コネクタが必要になり始め、当社も仕事を請けるようになった。その頃から三菱電機さんとの本格的なつき合いがスタートした」
 それまで三菱製はワイヤ放電の「DWC90H」くらいだったが、コーセイの、空気の流れなどを変えるといった工場内の環境条件の整備に合わせ、PX‐05とVH‐10を導入し、光コネクタ用に三菱が機械をチューニング。その後EA‐12Eの導入を決定してもらうことに。コーナーR、面粗度の点て申し分のない結果をゲットし、さらにもう2台、リピートをかけようとしたが、3、4台目は新製品のEA‐12Vに切り替えた。
 「EA‐12Vの導入から狭ピッチコネクタの仕事が格段に増え始めた。精度、面粗度、コーナーRそれぞれで客先から高い評価を得たのが直接のきっかけだ」
 わずか2年で今ではEA‐12Vを7台設備する全国屈指のユーザーになった。EA‐12Vの実績とその可能性に賭ける思い入れは半端ではないだろう。放電以外では研削、電極の加工技術はこれまでに30年近い蓄積がある。
 「特に精度感覚というのは研削から身に付いていくもの。指で押さえて厚みの平行を出す、これが基本。直角出しもそれから覚えていくもの」
 研削、放電、フライス、ワイヤーは30人のスタッフにより分業体制を敷く。
 「光コネクタは比較的価格競争にさらされない市場。車のコネクタは、ハイブリッド、エコカーの影響で小型化が著しい。携帯、薄型テレビ関連は、簡単な溝があっち、こっちにあり、"より複雑化"してきた感じ」
 と市場特性を分析する杉山社長。
 「丸ものもこれから挑戦していきたい分野。特に小さいものを手がけていきたい」とする杉山社長は三菱電機に対し「放電には引き続きスピードを求めていきたい。それに加えて、2直体制を補完する自動化システムで知恵を出して頂き、その保証精度の範囲内でできる仕事を増やしていきたい」
 スピードとシステム化追求-コーセイがメーカーに要望するのはこの2点にまとめられた。


キャムブレーン(東京・江戸川区)

増産体制には常に三菱製を意識し、導入
 放電9台、ワイヤが2台、マシニングセンタで4台、CAD/CAM関連4台-これら設備をたった一人でオペレートする人がいると聞いて足を運んだのが、東京・江戸川区で金型づくりを出発点に、航空機や半導体関連の部品加工を行うキャムブレーン。社名の意味はコンピュータを操る頭脳集団ということらしい。42歳と今でも若さ漲る太田実社長が独立したのが平成5年。1人で独立したが、その契機はそれまで努めていた賃加工屋のお客さんから「自分でやれ」との声に押されたからだそうだ。
 「1億円を銀行から融資してもらったが、その保証人になってくれたのが、直前まで努めていた会社のお客さん。創業から3年くらいは午前3時まで仕事をやり、ラーメンを啜って寝床に入り、翌朝8時から仕事を再開するという毎日だった」
 加工ワークは金属、非金属を問わない。自動車、IT関連、航空機部品加工と受注先も多様で、この分野に限っても月間の売り上げは2000万円〜3000万円に達している。創業から12年を経た現在では、精密金型も手がけるが、部品加工がメイン。
 「精密モノの金型づくりから始めたが、私自身の実感では、精密さを要求される型ができれば部品加工は手がけられると思う。最初に設備したのは放電が三菱、NCフライスは牧野、3年くらいして森精機のマシニングセンタを導入した。CAM関係はキャティアだった」
 型づくりから部品加工に手を染めつつあった頃、今の主力でもある半導体関連のインペラーの加工を最初は三菱電機の放電で行っていたそうで、東日本の加工センターにはよく足を運んで相談に乗ってもらったようだ。
 「放電は三菱しか知らない。ものづくりを始めて、つまり幼児が物心をつくと目の前に三菱があった、そんな感じ。メンテナンス、修理もすぐに駆けつけてきてくれて、助けてくれる。今、振り返ると、客先が増え、仕事が増え、増産を考えないといけない局面になると、三菱の放電を設備していた」
 今年は新製品の「EA12V」を導入したばかり。太田社長は「すぐに持ってきて」とメーカーに早期納入を促した。
 「設備は結局、限りなく無人で対応したいという私の意志の表れ。EA12Vは電極消耗もほとんどなく、加工精度も1μのレベルを実現してくれる。X、Y、Zのリニアスケールも標準装備してくれており、甘えが禁物なものづくりの良きパートナーとして、活躍してくれている」
 営業は行っていない。大小合わせて顧客はおよそ150社、全国に点在している。
 今では30代のスタッフ10人、20代と40代がそれぞれ4人に増員されたが、太田社長が求めるのは自己完結型。図面を起すことから納品まで分業は行わず、全ての工程を1人でこなす、そんな現場づくりに腐心してきた。
 「昨年はISO9000を取得。この過程で各人の自発性が高まったように思う。誰が、いつ、何を載せたか、履歴が残るので責任感も強まったのでは。結果的に不具合の点数が随分減少した」
 実力が客先の間で広まるにつれ、チタンやマグネシウム合金など、やっかいな素材の加工も客先の要望として挙がるようになってきた。ここ2年くらいの傾向だと言う。
 「様々な素材へのチャレンジを意識しているうちに光造形もやりたくなってきた。スキャンデータをもとに何かできないか。たとえば、医療機器などの分野で・・・」
 とエネルギッシュな姿勢は取材後にも余韻を残した。