
-HOME>>日進工具ユーザー検証
|
|
|
![]() |
||
|
「高速回転なら折れない『NS』」−川又社長− コーティングの進化も魅力 |
|||
|
“超ミニ自転車”。遊び心と技術が融和する。
|
|||
|
|
| 2年前に金型工業会に入会、工業会内でゴム型を手がける若手経営者を組織して、1シーズンに1回会合を開く一方、日進工具主催の「青年経営者交流会」の有力メンバーとして活躍するなど、業界のレベルアップも踏まえたゴム型づくりに精を出す茨城にあるカワマタ・テクノスの川又重雄社長を訪ねた。 カメラズームバンド、双眼鏡本体ゴム、健康用品、オートバイ用部品、ガスケット、弱電部品・・・と手がける分野は多種多様。納入先は主要5社を中心におよそ30社と取引があるが「断りきれない仕事を中心にしていても、仕事量は相当ある」のが現状だ。金型の製作スタッフは川又社長を含め10人。平均年齢は32歳と若い。 「目先だけを捕えれば取り立てて問題はない。しかし将来的には業界の底上げがより重要になるとの認識から、1年半ほど前にゴム型の若手会をつくった。集まった会社は18社。お互いの特徴を勘案しながら、ゴム型のレベルアップに通じていくような活動に発展していければ」 と川又重雄社長はゴム型業界全体を展望する。 創業は昭和47年だが、型屋として本格的に操業したのは現社長が入社した大学卒業後の平成元年から。生産拠点を東京・江戸川から筑波郡の谷和原に移転してからだ。 「森精機のマシンニングセンタを導入して、現場に入って2ヶ月くらい過ぎたころにようやく型らしきものができた。仕事内容はガスケット、パッキングなど公差0.02程度の精度のものが多かった」 川又社長は四苦八苦だったと振り返るが、大学を出たばかりの素人が2ヶ月でNC機を駆使して型をつくる・・・一瞬、筆者もたじろいだが、川又社長は高1の時、創業者の指示で1週間の休みを取ってファナックに研修に出かけ、プログラムを組んだりしたという。しかも熱中すること、朝の9時から翌朝の5時まで。怪童と言ってもいい高校時代を過ごした経験がベースにあることを知って半ば納得したものの・・・その後、「コストが安い」「短納期」が口コミで成型メーカーに広がり、受注が拡大していく。 「平成3年ころに日進工具さんの営業の方に出会い超硬エンドミルの素晴らしさを紹介され当時は高速スピンドルを使用して小径エンドミルでの加工を行っていた。その頃はまだ高速マシニングセンタが一般に普及しておらず、日進さんの持ち味を熟知するには時期尚早だった」 しかしその後、牧野フライス製作所が高速マシニングセンタで市場に先鞭をつけると即、納入。3万回転といった高速になると、刃物は「NS」しか考えられなくなり「高速機を導入していることの強みを生かした高付加価値なものづくりを意識的に追求する」スタンスを確立する中で、刃物は99%日進工具に置き換わった。ボールエンドミルのφ0.1〜φ10ミリまでをランダムに使用し、高速マシニングセンタ8台に搭載、月間平均で500時間稼動させる事により生産性を上げることができ、デリバリーニーズにも対応が可能になったと言う。 「他社と違って高速でも日進の刃物は折れない。φ0.1ミリだろうがφ0.2ミリだろうが、熱対策はもちろん、コーティングの絶え間ない進化で長寿命。特に仕上げに関しては満点で、夜中でも安心して使える」 と川又社長はもろ手を挙げるが「荒でも長寿命で安心して使える刃物を」との要望も出た。 製品を見ながら3次元形状のパーティングライン、その取り方を工夫して、最も能率のいい加工方法を選択、提案できるという強みがある。客先から求められる精度は、たとえば、インクジェットのプリンタ製品で±100分の5であり、これは金型の精度では1000分の5のレベルになる。 「お客さんには満足していただいているが、我々は中にばかりいるので外の情報に飢えている。その意味でも日進さんの営業の方と親密になれたことで、世界が広がった。刃物に対する満足度だけではない。良きパートナーであり、良きコンサルタントという魅力も大きい」 (取材メモ) 川又社長は39歳。大学卒業以来、ゴム型づくりにひた走ってきた。試行錯誤の連続との話だったが、その分、従来の常識にとらわれることなく、人と機械との融合を図れた気がする。本文では触れなかったが、ゴム金型の設計製作からゴム成型までの一貫生産を関連会社と連携しながら実践。川又社長によれば「ゴム製品の試作から量産立ち上げまで金型設計からゴム成型までも一貫して請け負います」とのことだ。 |