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| 士気旺盛の舟橋体制 マパール |
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ケナメタルジャパンのOBと、直近、食事する機会があった。その時、話題に出た話しのひとつに「ケナメタルは、3年前、舟橋社長を何故放出したのだろうか、その損得はどうだったのか」と言ったことだ。 |
| 藪の中の工具担当役員の突然の解任 軽かった日本工具工業会理事長のクビ ー不二越− |
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1月の末、不二越の工具部門担当の飛弾野文英常務が、井村健輔社長から、突然解任されたと言うニュースが、工具業界をかけめぐった。 |
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| 書かれなかった話題 こんなものもありました・・・ |
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書かれなかったニュースと言うか、話題と言ったものが、多々あったと思うが。 |
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| 顧客最優先の中味−永年取引きの店を犠牲に− |
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まあ、聞いておくれやす。 |
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| ベストマッチなのか〜ケナメタルと京セラ〜 |
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「ケナメタルのソリッドエンドミル、ドリル、ミーリング製品は、京セラを世界のステージに押し上げる」と京セラの財部行広機械工具事業本部長が、ケナメタルのHPで語った。 |
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| 国内発注の大型案件に異変? |
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ツールビジネスの国内発注での大型案件で、ちょっとした異変が起きていることが、関係者の話しでわかった。 |
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| 国内主要工具メーカーの特約店総会 |
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超硬切削工具の国内主要メーカーが開く、07年の特約店総会が、5月から6月にかけて、各地のホテルで開かれた。 |
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| 工具の販売2次店の周辺は、メーカーと直取引を望む協力2次店 |
| 5・6月と工具メーカーの、販売2次店会が、各地で開かれる季節となった。 看板に工具販売専門を掲げるA社は、販売エリアを西日本を中心とするディーラー。 社員数30人弱の規模。売上げは、工作機械などの設備商品を扱わないだけに、決して高くはない。それでも、社員一人当たりの売上げは1億円を超える。 工具類など消耗品を専門とするこのディーラー、業界でもかなり有名な存在。 そのA社が、最近こだわっているのが、問屋を介在させないメーカーとの直取引。 「直仕入れにこだわるのは、価格そのものと違いますねん。メーカーのもつ製品知識。ユーザーと対面したとき、相談に乗ったり、提案をするのも、確かな製品情報が不可欠」とA社の社長。それが、メーカーとの直取引きで、技術情報の入手がスピード化される。 そんなA社だが、大手のメーカーとの直取引には限界がある。大手と言われるメーカーは、特定の大口ユーザー向けには、直取引はするものの、一般には例がない。メーカーの1次店と言われる代理店の権益を優先するからだ。 このA社、直近、ある自動車メーカーと、建機メーカーとの新規取引を開拓した。そのきっかけとなったのが、「新製品」。従来製品と差別化が大きかった「新製品」で口座を得た。この新製品のメーカーも、直取引のものだった。 一方、メーカーも、このところ販売の手足となる2次店に対して、積極的に働きかけるのが目立つ。A社の社長も「ゴルフの誘いが結構増えましたネ」と言う。これまで無かったことだと言う。 一方、標準品の大手メーカーの担当者の話だが、「2次店に期待するのは、販売金額で月間5百万円以上。この程度でないと、2次店が主催する技術講習会にも、スタッフ派遣は、正直なところしんどい」と言う。 この担当者が管理する2次店は、約10社。上は、月間販売量1千万円以上から、下は100万円以下とばらつく。 1千万円以上を販売する2次店は、やはりA社と同じような工具専門ディーラー。その2次店は、社長自らが重要顧客を担当しているという。 「高い水準で販売額を推移していた2次店も、ユーザーの生産拠点が、ある日突然、海外や他地区にシフトすると、2次店の能力に関係なく、需要が消失する」、とメーカーの担当者。 そうした異変が結構あると言う。それだけに、販売金額だけで一律に2次店組織をつくるには難しさがあると訴える。 |
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| 新製品が会社を変える |
| 国内の切削工具需要が、ここに来てようやく一段落、落着きをとり戻している。 ここ2?3年、各社の営業担当者は、受注数字に余り神経を尖らせる必要もなかったのが、それが気になり出した。 そんな時期に、大きな武器となるのが、従来製品と差別化をはかる「新製品」。 だが、この新製品、市場に出してから販売に寄与するのに、結構年月を要する。出したから売れるというものでもないだけに、即効性が余り期待できない。 だが、この新製品をなくしては、市場を制覇できないのも事実。 ひとつの新製品を開発したことで、小さな町工場が、世界的な企業になった例は数多ある。 刃物の業界でもイスカルもそのひとつ。 1976年、誰も見向きもしなかったイスラエルの小さな町工場で、超硬で溝入れ工具がつくられた。「セルフグリップ」の名称で呼ばれる工具だ。 当時の溝入れ加工は、ロー付けのハイスのバイトで行なうのが一般的な加工方法。 ハイスバイトだけに、加工スピードは上がらない。加えて切屑処理がうまくいかない。そんな不便をかこって加工されていたのだ。 イスラエルの小さな町工場は、この溝入れ加工を改善するために、チップをスクリューを使わず自己拘束する工具をつくった。 これが面白いように爆発的に売れた。特に自動車産業向けにはセルフグリップが、欠かせないものになった。 当然、日本にも持ち込まれた。1980年京セラが、イスカルと提携して国内で売りまくった。 1セット5万円のセルフグリップのツールボックスが足の生えたように定価で飛んでいったという。 このセルフグリップが、京セラの切削工具事業の、起死回生の一打となった。 切削工具のビックユーザーのひとつ、トヨタ自動車とその関係企業との口座を得たのも、この突切り工具だと言われている。 余談だが、京セラの販売担当者が、初めてトヨタを訪問したとき、「10年早いんじゃないの」と言われたとか。また、突切りのインサートに、サーメットを採用することで、工具寿命を大きく伸したのは、京セラの功績でもある。 この突切り工具、時代の推移と共にセルフグリップの1コーナー使いから、2コーナー使いのDoグリップに、そのインサートもCVDからPVDに変化していく。 しかし、セルフグリップは、市場に出て30年になるというのに、今でも結構売れている。ちなみに、イスカルの製品群の中で、最も売れているのは「突切り工具」と、ハルパス社長は語っていた。 イスカルでその突切り工具に迫る勢いを見せているのが、ヘリミルからはじまったミーリング工具。今から10数年前、日本でヘリミルが紹介されたとき、競合メーカーから、「世界で最も評価の高いカッタ」と言わしめたもの。 その21世紀版が「ヘリDo」。国内でも発売7ヵ月で1千万円(月間販売高)台をクリアした。最短レコードと言う。売れ出した理由は、ヘリミルの2コーナー使いに対し、ヘリDoは4コーナー使いで、値段も1・5倍といった価格設定と高性能がうけた。 販売担当者に聞くと、「新製品で月間販売額が1千万円をクリアすると、その商品は確実にヒットする」と言う。ヘリDoは、このハードルを短期間でクリアしただけに、今後どれだけ伸びるか注目してみよう。 |
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| 国内シェアも一段と伸ばす 市場に融合のコロマント |
| サンドビック・コロマントが、日本の切削工具市場で、厚味のある大きなカベを打ち砕いた。俗な言い方をすると、苦節40年である。 1963年(昭和43年)、貿易自由化でサンドビックは、自ら開発した替え刃式工具コロマントを引っさげて日本に乗り込んだ。 当時のツール市場は、コロマントが得意とするターニング用の刃物といえば、今ではお目にかかれないロー付バイトが幅をきかし、工作機械に至っては、テープにデータを打ち込む初期のNC機が、チラホラと市中に出回っている状況。 替え刃式工具を拡めるにも、市場はその下地すらできていなかった。だから、当初は、バイト用チップの売り込みから始まった。 新しいもの好きのバイト業者が、コロマントに飛びついたが、モノになることはなかった。 加えて、サンドビックに立ち向かう国内業界は、いたく神経質になった。「巨大メーカーの上陸で市場が奪われる」と、大騒ぎする一方、対抗するために「国内メーカーは競って、替え刃式工具の開発に走り出す。 サンドビック・コロマントは、国内のそんな風景の中でスタートを切った。 コロマントの日本での課題は、マーケットシェア15%の獲得の命題であった。だが、このカベは、コロマントに大きく立ちはだかった。 世界で最も手ごわい競合メーカーが、国内でひしめき合っていたからだ。加えてコロマント自身に、戦略上の試行錯誤もあった。その最たるものが、販売体制の見直しで、流通から直販への切り替えが、販売業者の信頼を大きく揺るがせた。巷間では、「矢張り海外メーカーは?」と手痛い声も噴出した。 サンドビックは、この失敗を回復するために大きな犠牲を支払った。 加えて、国内でのコロマントの司令塔にも問題があった。バブルの最盛期、国内のコロマント部門は、国内大手に迫る売上げを記録した。これを、ピークとして、景気が下降すると、売上げが坂を転げ落ちるかのように下降の一途を辿る。追いかけるように、有力代理店の倒産に見舞われる。 その歯止めの切り札として、司令塔が、初めて日本人の藤井裕幸氏が起用される。 その藤井副社長が、2月6日、日刊紙も含めた定例の記者懇を開いた。その席上、藤井副社長は、宮城県の瀬峰工場を、向こう3年で国内最大のインサート生産工場にすると発表した。 現在、国内のインサートの最大の生産工場は、三菱マテリアルの筑波製作所が最大(推定月産500万個)のものと定説になっている。同工場も生産量を増強中だが、コロマントの新工場も、完成するとほぼ同規模以上になるようだ。 販売高でも、昨年から工場経営者も巻き込んで取組んでいたPIP(生産性改革支援プログラム)が、このプログラムを採用したユーザーからも、好評価を得ている。 言ってみれば、現在の提案営業の2?3歩先を行くプログラム。さらに新製品の連発攻勢で、話題の国内シェアも、昨年は2桁台に乗せたことも再三あった。 コロマント会に出席するため、来日したサンドビック本社のスンドベルク副社長(チップの研磨工出身)は、「新製品の売上げピークは、開発して7?8だが、これも3年に持っていく」と、スピードアップも強調する。さらに、同氏は、「サンドビックがより進化するのに、日本のユーザーニーズが大きく貢献している」と言う。 記者は、サンドビック・コロマントを永年担当してきて、ここ数年、国内市場に完全に密着した姿を、初めて見る思いがする。この勢いは止まりそうにない。そして、超硬切削工具で国内市場でもベスト5の一角を占めるのもそう遠くないような気がしている。 |
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| オーエスジー 石川COO内定の周辺 |
| 06年の、国内での工具業界の主役は、OSGだった。タンガロイとの提携、51歳の石川則男デザインセンター長を、OSG社長への起用は、いずれも世間を驚かせるに十分だった。 この二つの出来事、工具業界の最後のカリスマ経営者といわれる大沢輝秀社長の布石を打つ意図が、周りに的確に伝わる。 OSGに、「石川あり」が、業界内に伝わるようになったのは、ここ2?3年の話。 それもそのはず、ご本人は04に長期海外勤務を終えて、デザインセンター長として、本社勤務になってから、日本では石川氏の名が取り沙汰されるようになった。 また、OSGとタッグを組むことを決めたタンガロイの徳永昭大社長は、決断を下す過程で、「OSGの若い人たちと話をしたが、大変優秀で、これなら協業が出来ると思った」と話してくれた。 その若手グループのリーダー格が石川さんだった。 直近OSGグループに入ったある関係会社の社長は「大変腰の低い人、ひと言で表現すると紳士、先がよく見える人」とも話していた。 そんな身近に、石川氏と接していた人たちも、石川COO内定の報に、いささかびっくりしたようだ。 この石川氏が、OSG社内で頭角を現したのは、83年、米国ジョージア州の、ソスナー社に、生産技術者として勤務をしたのを皮切りに、04年に帰国するまで、21年に及ぶ海外勤務。 その海外勤務で、地球企業戦略を推進する大沢社長の、手足となって働いた。その中でも、企業買収、新会社の立ち上げなど、欧州での仕事ぶりが評価されたようだ。 本人は「帰国命令が発令されるまで、海外で定年を迎えたい」との思いが強かった。 しかし、OSGの拡大スピードは、そんな思いを許さなかった。新たな仕事が、石川氏を待っていた。 その仕事とは、デザインセンター長の椅子。このデザインセンター、平たく言えば、OSGが手がける全製品の、設計から商品開発まで一手に担う部門。 組織のタテ割りでなく、商品開発を社内で横断的にやろうということだ。タップやエンドミル、ドリルをはじめとする全製品の開発技術者を集中させ、商品開発力を高める部門。 この新部門を2年間で軌道にのせた。 そして、大沢社長からCOOの指名を受ける。その時「自分では荷が重過ぎる」と断ろうとしたが、「第二の創業を達成したので、次の10年は若い人たちで担ってゆくべきだ」と大沢社長の強い説得を受け、石川氏は納得したと言う。 この大沢社長と石川氏の距離だが、傍からみると、師弟関係のように見える。石川氏の口から第三者に話すとき、「そんな話は大沢社長から伺ってません」と言った尊敬言が、しばしば出る。 COO内定を受けた石川氏は、社内で所信表明をするとともに、12月中旬に、関係グループ会社50社の経営幹部を集め、この先、OSGが何をするべきか、5年後、10年後のビジョンを売り上げ目標も含め、明確に呈示した。 「10年後の売り上げについては、今のところ社外発表はできません」。「関係会社はいづれも好利益をあげている」。「しかし戦線が伸びているのも事実」。「グループ内の製造会社については、2年以内に品質保証をOSGがもてる体制にする」と、OSGのトップとしての考えを示した。 さらに、タンガロイとのグループ化については、両者の距離感を縮める作業も急いでいることを否定しない。 「タンガロイも含めたOSGグループは、世界一への挑戦権を得た」。と言った言葉も飛び出す。 「サンドビックが世界のトップなのは、欧州で圧倒的シェアをもつからだ」、「ケナメタルが第二位なのは、北米で圧倒的シェアを持つから」、「しかし、急成長するアジアは、日本企業のホームグランド、ここで負けるわけにはいかない」と、世界へのチャンスがあることを話す。 その一方、「世界で大きな企業を目指すのでなく、利益率で光る企業を目指す」と、拡大至上主義にとらわれない経営をやることも表明する。 また、タンガロイの距離感については、「将来ビジョンを発表する前に、タンガロイに了解を得た。直近、タンガロイが中国で企業提携することについても、事前に話を聞いてい る」と言う。 また、将来持ち上がる大きな経営判断についても両者で摺り合わせをしていくとも言う。石川COOの責任は重い。その重さを感じさせないのも人柄か。 |
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| コピーされたマパールが抗議「旭ダイヤさん、それはないぜよ」 |
| カッタブレード、品番まで同一とは |
| 06年の「JIMTOF」、好景気に支えられ大変な賑わいだった。 工作機械の各ブース、それに関連する工具、ツーリングの各小間も、3日の祝日、4日の土曜日は、芋の子を洗うような状況。ブースの担当者は大わらわで、商品説明もままならぬ状況が、あちらこちらで見られた。 そんな賑わいの裏で、競合企業間で「火花」が飛んでいた。 西1ホールの工具の展示場。そこでも火花が飛んだ。 「旭ダイヤと言う会社、どんな会社なんだ」と、マパールのブース担当者が、少し怒気を含んで記者に聞く。「ダイヤモンド工具では、日本を代表する会社ですよ」と返答すると、 「それ本当なの、情けないね」と言いながら、マパールの社員が、記者にPCDカッタのブレードを2個差し出した。 「これを見てよ、右が旭のブレード、左がマパールのブレード」と説明されながら見ると、2個のブレードは、一見かわりなく見える。 「どうしたの」と聞くと、「よく見てよ、品番がマパールの品番と同じ。ブレードを、マパールのものにコピーするのは許せるとしても、品番まで同一にするとは」と、言葉を失った。 そして、しばらくして言葉を足す。「つくる方も恥ずかしくないのかネ。本当に日本を代表する企業がすることかと、唖然としますよ」と、かなりのお冠だ。 旭ダイヤが、マパールの製品をマネしたと言うのは、マパールの「パワーミル専用ブレード(PCD)」。旭ダイヤは、カッタそのものはつくっていないが、刃先きの部分のブレードをコピーして、さらに念の入ったことに、マパールの品番まで打ち込んでいた。 旭ダイヤは、いくら厚顔であっても、このブレードは出品していなかった。やはり気がさしたのか。 マパールの言い分は、パテントに触れない範囲のコピーは許せるとしても、型番、品番まで同じものをつくるのは「ニセ物」をつくるのと同じやないかと言う訳。 勿論、マパールは旭ダイヤに抗議した。旭ダイヤの技術部長は 「よく調べて回答します:」との話しだった。 偽物、コピー。工具の世界では、結構よくある話し。被害をうけるのは、いつも先発メーカー。 かって、サンドビック・コロマントは、中国の最大超硬工具メーカーの「株州」と提携したことがあった。それで、偽物づくりで大きな被害をうけた。コロマントのインサートが、ケースも同じで超安値で、東南アジアを中心にバラまかれたことがあった。 コロマントの「Uドリル」が、国内で発売された時も、偽物が出回った。調べてみると、大阪の小さな鉄工所が、偽物をせっせとつくっていた。 くだんの鉄工所の社長に「なぜ偽物をつくるんや」と聞いたら、「売れるからつくるんや」と鉄皮面の回答。今回の旭ダイヤのケースもその状況と同じと言われても、返す言葉もないはづ。 |