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士気旺盛の舟橋体制 マパール

  ケナメタルジャパンのOBと、直近、食事する機会があった。その時、話題に出た話しのひとつに「ケナメタルは、3年前、舟橋社長を何故放出したのだろうか、その損得はどうだったのか」と言ったことだ。
 「在任中、舟橋氏はベスト・オブ・イヤーを3度も受賞する程働いた。ケナメタルにそんな社員は誰ひとりいなかった。副賞のボーナスも、社員全員に分配する。手柄を一人占めにしない」とOB氏は語る。
 言外に、舟橋放出はケナメタルの誤った判断であったことを臭わす。その後任の人事も、かなりのミスマッチであったことが、今となれば誰もが納得がいく。
 仕事が出来ると言われた多数の社員が、同社を去っていった。なかには追われて去った社員も少なからずいた。
 それが、ケナメタルジャパンの現状である。その舟橋氏に、話しをする機会があった。
 ケナメタルのことについて、かつての部下が慕って来ることがあっても、昔のことと、ほとんど語らない。
 今は、マパールの一員として、国内市場の開拓に懸命である。
 そのマパールジャパン、舟橋氏が移るまで国内では、ほとんど知名度がなかった。
 「営業と言っても、外に仕事をとりに行くことがほとんどなかった」
 「受注があれば、ドイツに取次ぐだけ」と、当時の社員の話し。
 まさに「殿様商売」、それがかつてのマパールスタイル。営業と言っても、営業を知らない社員が担っていたわけだ。
 舟橋氏は、もともと販売の人である。若かりしときは、日本特殊陶業の製品をかつぎ、両毛地区を、一日300キロも走る行動力の持主。北米駐在時代、片言の英語で、営業での数多くの武勇伝をもつ。
 そんな舟橋氏が、マパールジャパンに入社して、同社が大きく変わるきっかけとなった。
 「部下に指示を出す場合でも、細かく具体的に指示をする。あとで言った、言わないで責任逃れ出来ない」と社員。
 「直近、外資系のドリルメーカーが、ある案件を価格でものにしたものの、納品した工具が、トラブル続出。ユーザーも困っていた」
 それをいち早く舟橋氏が情報入手。
 「価格が高くても、ほとんどマパールでやることになった」と社員。
 いわば、トップセールスである。
 マパールの工具は、加工精度が1から2ミクロン以内に収まる精密工具。標準工具でないだけに、世界や国内の市場も限られている。
 そんな中、国内でも販売高50億円を目標にする。その限られた市場でも、マパールの工具が出ていく市場が結構あると言う。
 自動車だけに限らず、例えば、弱電関連でも、未だ一部ではあるが、同社の工具が使われ出した。
 また、同社工具で新規顧客の突破口にしようと言った販売店お動きも出てきた。
 新たに、加工精度2ミクロンでのモジュラーツールへの本格進出への準備も始まっている。
 高精度ドリルも、近く出ると言う。
 販売高1千億を目指すマパールのグループ企業も、今では10社を数えるまでになった。
 その前途への期待度が高いと、社員は口を揃える。
 そして、マパール本社の3年経過の舟橋氏への評価は高い





藪の中の工具担当役員の突然の解任
軽かった日本工具工業会理事長のクビ  ー不二越−

 1月の末、不二越の工具部門担当の飛弾野文英常務が、井村健輔社長から、突然解任されたと言うニュースが、工具業界をかけめぐった。
 同氏は、日本工具工業界の理事長でもあり、1月9日に開かれた同工業会での賀詞会でも、理事長として「ハイス工具の復権」を強くアピールするなど、その存在感を強めた人物でもある。
 その同氏が、理由なく?クビを言い渡されたと言うから、おだやかならず、不二越関係者の間や業界で話題を呼んだ。
 その理由について、「井村社長の虎の尾を踏んだ」とか、「北陸地区でのクレーム処理に問題があった」とかの流言も飛び交う。
 だが、その真相は薮の中。不二越の広報に問い合わせると、「2月21日の株主総会で退任する」との話しだった。
 かつて、同社の役員経験者から聞いた話だが、不二越の役員候補者には、女性問題のありなしとか、特定業者との不適切な関係とかの「身体検査」があると言う。
 その「身体検査」を経て、晴れて役員になれると言う訳だ。
 飛弾野氏が、今さらにその「身体検査」に問題があったのか、これも薮の中。
 不二越の突然の役員解任は、今回が初めてではない。
 今から10年ほど前にも、似たようなケースがあった。
 本田社長時代の話し。この時も、宝田工具事業部長が表面的には突然解任された。しかし、解任には、隠された理由があったようだ。
 不二越が、外資系の超硬工具メーカーI社に提携を申し入れた。
 その交渉にあたったのが、宝田事業部長であった。
 不二越はI社に対して、提携を積極的にアプローチするため、富山工場も案内し、両社で綿密な打合せをやり、最終的な契約書を作成した。この契約にこぎつけるまでの期間は、6ヵ月以上も要したと言う。
 不二越の宝田事業部長からI社に「明日の役員会でOKが出ますから」と連絡は入った。
 しかし、不二越からI社に対し、その連絡を最後に無しのつぶて。
 それからしばらくして、提携交渉に当った宝田事業部長が、解任されたことをI社は新聞発表で知ることになる。
 もしこれが本当なら、かなり失礼な話しである。
 そして、不二越は工具事業で、住友電工との提携を発表する。
 I社との提携話し、不二越側からアプローチしたものである。そのあと始末も、きっちりと出来なかった企業と言うのも珍しい。
 仮に、これが本当なら不二越の辞書には
「信義」と言う字句が欠落しているようだ。
 この話し、さすがに不二越もバツが悪かったのか、解任された宝田氏の後任の井村工具事業部長(現社長)が、I社の交渉当事者に一席を設けた。
 しかし、この席上で井村氏は「迷惑をかけた」のひと言もなく、なぜ、提携が「反故」になったかの説明もなかったと言う。
 終始、宝田事業部長が独断でやったことのような繕いをしたと言う。
 結局のところ、宝田氏は詰め腹を切らされた訳である。
 さて、飛弾野氏は「ナニの『詰め腹』を切らされたのだろうか。日を追うに従って、その真相が明らかになるはず。
 ただ、外野からこう言う声も聞えてくる。井村現社長の「超カリスマ性が、かつての井村荒喜(創業者)に似てきた。
 不二越と言う企業、技術的には超A級である。工具部門で言えば、歯切工具は航空機産業では欠かせないものだ。
 コーティング技術も自社でコーティング炉をつくる技術もある(京セラのコーティング炉の1号機は不二越製)。
 捨てたダイヤ工具技術も惜しむ声も高かった。こうした工具の他に、工作機械、ロボット、油圧、特殊鋼、軸受けと、不二越の企業活動は幅広い。
 現代経営は「選択と集中」の時代に入った。井村社長の経営課題でもある。







書かれなかった話題 こんなものもありました・・・

書かれなかったニュースと言うか、話題と言ったものが、多々あったと思うが。
 A 6年前、本紙が発刊したとき、ユアサ商事の問題を取り上げた。
 B 建機のリース問題に絡んで、社員が横領し、専務が自殺した件ネ。
 A 朝日や読売、日経が次々と報道するなかで、業界に携わる専門紙や業界紙は一行も記事にしなかった。
 B 大阪地裁で開かれたその栽培を1年に亘り傍聴して、記事にした。
 A 反響が大きかったが、ユアサのロコツな圧力も相当だった。広告出稿で、クライアントに圧力をかけたり。
 B あるクライアントから、ユアサの記事が掲載される時は、広告は出さないと言われたり。
 A しかし、大半の読者は応援をしてくれた。読者を味方にする限り、変な圧力には屈服しないと言う自信が出来た。

直近で書かれなかった話題と言うのは、どんなものがあった。

 B パテントにからんだ日研工作所と大昭和精機の争いで、日研が完勝した話。これも、専門紙が一行も書かなかった。
 A 本紙は書いたネ。しかし、その続報を書き損じた。少しタイミングがずれてネ。
 B かなり以前、大昭和がサンドビックから、キャプトのパテントを得た時の記者発表に出席したが、その時に、ケナメタルのKMツーリングを選ばなかったのは何故かと聞いたが、その回答が要領を得なかった。あとで判ったことだが、日研がすでにKMをやっていた。
 A そのキャプトだが、サンドビックの現場サイドで、大昭和に対する不信感はかなり強い。

どおして?

 A 大昭和がキャプトを安売りするそうだ。もともと、サンドビックは、自社技術に自負がある。製品価格は技術に対する対価と考えている。だから無理な価格競争をしない。それを大昭和が、露骨にキャプトを価格競争に持込む。それで、サンドビックの現場は頭にくる。

パテントに対する尊敬の念がない。ところで、話しは変わるがミツトヨの事件、業界では大変同情的。
 A 冷戦下のココムの東芝機械のようだと言う人もいる。公安はこのところ、これと言った事件をやっていない。本当は北朝鮮の拉致事件を早い時期から手掛けるべきであったのを、それを放ったらかしにして、名門企業をやり玉にあげて、公安警察の売名の道具にされた。
 B 中部地区のある加工業者から聞いた話しだが、航空機部品のある協力工場が、支給されたボーイングが使う複合素材を中国の業者に渡して問題になっているとこの素材は持出し禁止品目のひとつらしい。

航空機と言えば、市場の拡大で、これまで保護産業だったものが、日本の大きな産業の柱になる要素がふくらんできた。
 A 昨年の秋、川崎重工業の航空機エンジンの部品工場の西神工場を取材させてもらった。拡張につぐ拡張が急ピッチに進められている。その勢いが肌で感じられるほどだ。

1機が3億数千万円もするマシニングセンタも動いている。
 A そう安田工業のマシニングセンタですが、川崎重工業の担当者が、工作機械で1機あたりこれが一番高価と言っていた。
 B 機体を担当する同じ川崎重工業の岐阜工場も取材させてもらったが、ここでもその勢いを肌で感じるものがあった。

部品加工に使う工具の寿命が短くて困ると担当者が話していたとか。
 B 航空機の部品素材は、耐熱合金とか、複合素材とかチタンやインコネルなどの難削材の世界。正直、刃物はサンドビックやケナメタルなどの外国勢が一歩リードしている。
 A しかし、国内メーカーも巻き返しに懸命だネ。ロー付け工具など、結構使われている。
 B 航空機のマーケットは拡大方向に動いている。ボーイングでは、中国だけで向こう20年間で100席以上の航空機2600機の受注があると言ってるし、直近ではフランスのサルコジ大統領が、中国からエアバス機の大量受注に成功したなど、クルマと同様、航空機でも中国から眼をはなせない。
 A 聞くところでは、エアバスじゃ北京でも工場をつくるとか。しかし、中国でのシェアはボーイングが70%だと言う。エアバスはそれを50%に持っていくとの話しだ。

航空機産業の裾野はどの程度なのか。
 A ボーイング関係では1千社と言われている。
 B 川崎重工業の岐阜だけでも100社を越えるとか。

すると、近々、そのキャパは2倍になるネ。
 A だけど、原油価格の高騰は、足を引張る要素は十分にある。
 B ある関係者が言っていた。ボーイングやエアバス、三菱重工業の計画書を読むと、異口同音にバラ色一色。少し心配だとネ。

ところで、クルマはどうか。現在、5百万台強の国内生産は減少の道を辿るのではと、心配する向きが多いが。
 A クルマの中部一極主義は崩れると見ている人が多い。たとえば、トヨタの地方への生産分散などが、その象徴。
 B トヨタと言えば、今から2から3年前だったか、30番クラスのヨコ型マシニングセンタを、1機あたり350万円でつくってくれと、取引きのある工作機械メーカーにオーダーしたことがあった。当時、工作機械業界で話題になったネ。しかし、この件も一行の記事にもならなかった。
 A どの機械メーカーも、コスト研究したが出来なかった。あるメーカーでは、どうしても400万円は切れなかったと言っていた。 インドの自動車メーカーのタタだったか、確か近々に30万円程度の自動車を売り出すとか。
 B それを製造する工作機械は、これまでの機械と全然違ったカテゴリーになるとの話しで、1機あたり150万とか200万とかの話しもあり、事実、それをやっているメーカーもあるようだ。






顧客最優先の中味−永年取引きの店を犠牲に−

 まあ、聞いておくれやす。
 こんな話しがありましたんや。ある問屋さんの、心得違いの社員の話しですねん。
 その問屋さん。株価は大変安いが、業界でも指折りの老舗の立派な問屋さんです。その問屋さんのある機械担当社員が、得意先のディーラーの社員と、取引きを通じて個人的に親しくなったんですなあ。そして、その社員が、勤めていたディーラーA社を辞めて独立しはったんです。この春の話しです。
 まあ、世間ではよくある話しです。やり手の社員が独立するのは、誰も止めることは出来ません。
 まあ、浮世の義理とも言うべきか、ディーラーA社社長も永年勤務してくれた社員ですから、社員の独立開業にあたっては、挨拶状にA社の名前も列ねたんです。
 そして「お互いこれから頑張ろうや」と、その社員を気持ちよく送り出した。
 まあ、これだけなら、話しはめでたし、めでたしになりますが、時間が経過すると共に、辞めた社員が開業した会社の商売の様子が、どうも変なんですなあ。
 俗に言うところの、引っ掛けるような商売をするんですなあ。例えば、A社の得意先きに行っては、どうも辞める前から段取りしたと思われる案件の注文をとる。そんなことが、いくつかあったようです。なかには、それがバレてキャンセルになった案件もあったと聞きます。
 当然、独立を気持ちよく送り出したA社長も、そんな報告を聞くと面白くない。
 そこで、A社長が独立した社員を応援した問屋さんや、メーカーにもそれとなく話しを聞いたんですなあ。
 そうしたら、およそ大体のことがわかったんです。
 独立した社員は、与信がないものだから商品(工作機械)の仕入れについて、大問屋に依存したんです。
 その相談を、A社を辞めるかなり以前から問屋の担当者と工作していたようです。
 その問屋の担当者も、30年来の取引実績があるディーラーA社を、裏切ることになるから、開業挨拶状にA社長の連名が必要だったんですなあ。それがあれば、A社にも申し開きが出来ると思ったんでしょうか。
 だが、悪いことは出来んもんですなあ、A社長のもとに、いろいろと情報が上がってくる。その情報とは、問屋がA社に対する背信のようなものがあったという訳です。そして、A社長はその問屋との取引きを一切やめることにしたんです。
 この話しには、後日談がありまして、その問屋のある役員さんが、A社長を非公式に訪問したんです。
 A社がその問屋との取引きを中止したいきさつを聞くためだったようです。
 この役員さんは、なかなか立派な方で、筋の通った話しをする人だったそうです。A社長もこの役員さんに会って、気持ちが幾分か救われたそうです。
 A社長が不思議に思ったのが、その問屋が、与信実績ゼロのブローカーに、なぜ好んで取引きをするのかと言うことだったんです。
 この問屋の本音の考え方は、ブローカーは倒産しやすい。倒産すれば、ユーザーが問屋の顧客になると言うことらしい。
 この問屋さんの営業戦略は、聞くところによると「顧客最優先の戦略」だそうです。






ベストマッチなのか〜ケナメタルと京セラ〜

  「ケナメタルのソリッドエンドミル、ドリル、ミーリング製品は、京セラを世界のステージに押し上げる」と京セラの財部行広機械工具事業本部長が、ケナメタルのHPで語った。
 幾分、ケナメタルへの社交辞令があるにしても、京セラにしては、今回のケナメタルとの提携は、「してやったり」の気分が、HPを通して伝わってくる感じがする。
 この発表がある前、京セラの社員は、顧客に、「近く重大発表があります」とクチコミをしていた。
 その重大発表がケナとの取組みであった。ケナメタルは米国ペンシルバニアに本社を置く、超硬工具の世界第2位メーカー。
 製品のアイテムも数多い。北米では圧倒的シェアをもつ。これまで企業買収も積極的に展開してきた。大型買収では、世界の超硬工具の草分けのウイディア社(ドイツ)も、ケナメタルの傘下に入った。
 ドイツと言えば、ドリルの名門メーカーだったヘルテルも支配下に置く。
 「欧州でドリルの販売会議を行なったら、必ずヘルテルが話題の主役になる。グーリングより、ヘルテルの方が品質的にみて上位で脅威」と、国内のトップメーカーのドリル開発担当者をして語らしめるほどだ。
 また、ヘッド交換工具も、ケナメタルの評判は高い。
 「ケナメタルは、国内を考えるなら、そうした評判の自社製品の拡販が、提携より優先するのでは」と話す関係者もある。
 ケナメタルの国内でのツールビジネスを見る限り、目前のターゲットを追求しすぎた感じが強い。その結果、インフラ整備が不足していた感じがある。
 たとえば、ドリルの国内での販売。再研拠点のインフラが進まなかったが、これも近く整備して、本腰を入れて販売に乗り出すようだ。
 そして、今回ケナメタルが、日本での4番目の恋人を探し当てた。
 ダイジェット工業、神戸製鋼所、東芝タンガロイにつづいて、今回の京セラとの提携だった。
 京セラにとっても、イスカルにつづく2回目の恋人選びとなった。
 かつてイスカルも、国内で恋人さがしの行脚をした。大半のメーカーは「ノー」と拒否をした。
 その中で、京セラだけが手をあげた。京セラの工具事業の躍進は、このイスカルとの提携が原点となった。
 しかし、この提携も両社の利害が一致せずに、破綻をみせた。
 ケナメタルの方も、これまで数多くの国内企業との関係を持ちながら、それなりの学習効果を得たはずが、京セラとの提携だったと言うことだろうか。






国内発注の大型案件に異変?

 ツールビジネスの国内発注での大型案件で、ちょっとした異変が起きていることが、関係者の話しでわかった。
 その象徴的な案件が、三菱自動車の新型ディーゼルエンジンの生産ラインに使用する工具でのこと。
 この大型案件での工具メーカーが、立ち上がりで受注する金額は、総額で1億円以上とも言われる。
 金額ベースで言えば、それほど驚くほどのものでない。
 7?8年前、ケナメタルジャパンがGM向けのエンジン製作用工具として、日平トヤマからターンキー受注した金額は、総額で10億円以上だった。
 また、三菱重工のダイムラーのワールドエンジンでも、ケナメタルはブロックでの三菱重工からの受注を成功させた。
 しかし、今回の三菱重工の案件では、エンジンブロックでは、ケナメタルのかわりに、サンドビックが、自動車向け立ち上げ工具で初めて三菱マテリアルと共に受注に成功したようだ。
 シリンダーヘッドの生産用工具では、日本マパールが受注した。
 マパールは、さきのワールドエンジンの案件でも、シリンダーヘッド用工具を受注しており、自動車のエンジンでの強味をみせつけた。このマパールは、ドイツの本社工場で、設備の75%を更新する投資を展開中。
 また、サンドビックは、これまで国内発注の大型案件では、ほとんど名乗りをあげなかった。ところが、そのサンドビックが、今年になってインドでの発電機生産用工具で、ジェイテクトから5千万円以上の案件でも受注しており、ツールビジネスでの大型案件でのサポート体制の整備が、着々と進んでいることを見せつけた。
 こうしたツールビジネスでの大型案件を、工具メーカーが追いかける背景には、消耗品である工具のリピート受注に、大きなメリットがあるからと言える。
 数年前、イスカルジャパンが、スズキ自動車の中国向け案件で、ある工作機械メーカーからセミターンキーで初めて受注したことがある。担当者の話しによると、総額4千万円程度の案件だったが、打合せや図面作成で、日曜、祝日もなかったほどの超多忙だったと言う。
 これも、立上げ用工具だけではうま味がないビジネスで、リピート狙いであったとの話し。
 たとえば、自動車用エンジンに例をとると、その生産ラインを構築する際に、大きくわけて、エンジンブロックの生産ラインとエンジンの心臓部のシリンダーブロックの生産ラインに、新規の工作機械を設備する。
 設備を請負う工作機械メーカーは、刃物をどのメーカーにするか、品質と価格を検討して決める仕組み。
 ツールメーカーに要求されるのは、そのラインが動き出したときのサポート体制。
 サポート体制にはマンパワーが必要になってくる。
 エンジンの生産ラインは、1分たりともストップさせるわけにはいかない前提で構築されているから、ツールトラブルが発生したときに、即対応できる体制がツールメーカーに要求されるわけだ。
 だからマンパワーと言っても、頭数が揃えは良いというものではない。サポートする側の工具技術が物を言う。
 こうした、国内発注の大型案件で目立つのが、これまで絶対的な強味を発揮していたケナメタルが、マンパワーの問題で大型商戦で後退を余儀なくされていることだ。
 これはちょっとした異変とも言える。その原因は「人材の流失」と指摘する関係者。






国内主要工具メーカーの特約店総会

 超硬切削工具の国内主要メーカーが開く、07年の特約店総会が、5月から6月にかけて、各地のホテルで開かれた。
 三菱マテリアルツールズ、タンガロイ、住友電工ハードメタル、ダイジェット工業の総会に出席して、感じたのは値上げへの足音だった。
 各メーカーとも、異口同音に、原材料のレアメタルの高値に、内情の苦しさを強く訴えた。
 だが、そうは言ってもどのメーカーも製品価格の値上げを表明することがなかった。
 住友ハードメタルの倉阪社長は「全地球の鉱物資源の分布を調べたら、超硬チップの原料のタングステンは、0・01%」と大変レアな物資であると特約店の前で話す。
 同社長によると、多い鉱物資源は、炭素やシリコン、アルミ、鉄と言う。炭素やシリコンは各25%以上もあるが、タングステンが、そんなにレアな物資とは、ほとんどの人が認識してなかった。超硬チップや素材の場合、このタングステンの依存率は90%にもなる。
 加えて、価格の高どまりである。ここ4?5年で、価格は3?4倍に膨らんだ。その原因は、全世界のタングステンの90%を産出する中国が、戦略物資扱いにしてることで、価格が大幅に上昇した。
 会社情報をキメ細かく開示するダイジェット工業も総会で、「売上げが増収になったものの、営業利益が06年3月期に比べて21%減の8億円と減少したのは、原材料の値上りが大きくひびいた」(中森常務)と率直に話す。
 同社の場合、切削工具の他に、タングステンの塊りとまで言われる鉄鋼向けの「超硬ロールや金型」など含む合金の依存率が高い製品展開のこともあって、原材料の高値は、経営を圧迫する。
 こうした現象は、素材メーカーも同じ。
 そんな矢先き、6月14日付の一般紙朝刊経済面で、ベタ記事ながら、調達先きの価格に厳しいトヨタ自動車が、エンジンやミッションの素材である特殊鋼の値上げに応じると報道された。
 この値上げ、06年につづき再度の値上げでもある。自動車製造で大量に使う普通鋼も値上げになると言う。
 こうした、一般鋼や特殊鋼の値上げへの動きは、レアメタルの高騰と連動してることは言うまでもない。
 また、サプライヤーに対して、価格では常に強硬な姿勢で臨むトヨタ自動車も、新日鉄の値上げへの動きにストップがかけられなかったのは当然だ。
 これで、自動車向けの特殊鋼値上げは、右へ習えになる。
 超硬工具も、自動車メーカーには、価格で苦汁を飲まされ放しだ。まさに、長い者には巻かれろ」の構図が見える。
 2年前の値上げでも、自動車向けはほとんどが価格が据置かれた。筋を通したメーカーの中には、トヨタから撤退したところも出た。
 しかし、今つづくレアメタルの高騰ぶりは、自動車メーカーと言えども、価格での治外法権はつづかないのではないだろうか。
 このように、超硬工具の値上げ環境は、静かに醸し出しつつある。
 今ひとつ、07年の総会で、各社の業績報告を聞くと、「成長率が高いのは海外、国内は3%程度」の期待度を語る。
 タンガロイ会では、徳永社長が「OSGのネットワークを利用して、10年には、海外の販売比率を40%に持っていきたい」と話す。
 ダイジェットも、海外での中国、ロシアで、売上げの伸びが大きいと話す。
 出席のディーラーからも、「今までは売れていたが、これから売っていく努力が迫れれる」(タナカ善)と、市場が踊り場であるとの認識を示す。
 その一方、顧客に航空機関係が多いミツヤ産業(広島)の屋敷社長は「景気はこれから明るさを増すのでは」と話す。






工具の販売2次店の周辺は、メーカーと直取引を望む協力2次店

 5・6月と工具メーカーの、販売2次店会が、各地で開かれる季節となった。
 看板に工具販売専門を掲げるA社は、販売エリアを西日本を中心とするディーラー。
 社員数30人弱の規模。売上げは、工作機械などの設備商品を扱わないだけに、決して高くはない。それでも、社員一人当たりの売上げは1億円を超える。
 工具類など消耗品を専門とするこのディーラー、業界でもかなり有名な存在。
 そのA社が、最近こだわっているのが、問屋を介在させないメーカーとの直取引。
 「直仕入れにこだわるのは、価格そのものと違いますねん。メーカーのもつ製品知識。ユーザーと対面したとき、相談に乗ったり、提案をするのも、確かな製品情報が不可欠」とA社の社長。それが、メーカーとの直取引きで、技術情報の入手がスピード化される。
 そんなA社だが、大手のメーカーとの直取引には限界がある。大手と言われるメーカーは、特定の大口ユーザー向けには、直取引はするものの、一般には例がない。メーカーの1次店と言われる代理店の権益を優先するからだ。
 このA社、直近、ある自動車メーカーと、建機メーカーとの新規取引を開拓した。そのきっかけとなったのが、「新製品」。従来製品と差別化が大きかった「新製品」で口座を得た。この新製品のメーカーも、直取引のものだった。
 一方、メーカーも、このところ販売の手足となる2次店に対して、積極的に働きかけるのが目立つ。A社の社長も「ゴルフの誘いが結構増えましたネ」と言う。これまで無かったことだと言う。
 一方、標準品の大手メーカーの担当者の話だが、「2次店に期待するのは、販売金額で月間5百万円以上。この程度でないと、2次店が主催する技術講習会にも、スタッフ派遣は、正直なところしんどい」と言う。
 この担当者が管理する2次店は、約10社。上は、月間販売量1千万円以上から、下は100万円以下とばらつく。
 1千万円以上を販売する2次店は、やはりA社と同じような工具専門ディーラー。その2次店は、社長自らが重要顧客を担当しているという。
 「高い水準で販売額を推移していた2次店も、ユーザーの生産拠点が、ある日突然、海外や他地区にシフトすると、2次店の能力に関係なく、需要が消失する」、とメーカーの担当者。
 そうした異変が結構あると言う。それだけに、販売金額だけで一律に2次店組織をつくるには難しさがあると訴える。






新製品が会社を変える

 国内の切削工具需要が、ここに来てようやく一段落、落着きをとり戻している。
 ここ2?3年、各社の営業担当者は、受注数字に余り神経を尖らせる必要もなかったのが、それが気になり出した。
 そんな時期に、大きな武器となるのが、従来製品と差別化をはかる「新製品」。
 だが、この新製品、市場に出してから販売に寄与するのに、結構年月を要する。出したから売れるというものでもないだけに、即効性が余り期待できない。
 だが、この新製品をなくしては、市場を制覇できないのも事実。
 ひとつの新製品を開発したことで、小さな町工場が、世界的な企業になった例は数多ある。
 刃物の業界でもイスカルもそのひとつ。
 1976年、誰も見向きもしなかったイスラエルの小さな町工場で、超硬で溝入れ工具がつくられた。「セルフグリップ」の名称で呼ばれる工具だ。
 当時の溝入れ加工は、ロー付けのハイスのバイトで行なうのが一般的な加工方法。
 ハイスバイトだけに、加工スピードは上がらない。加えて切屑処理がうまくいかない。そんな不便をかこって加工されていたのだ。
 イスラエルの小さな町工場は、この溝入れ加工を改善するために、チップをスクリューを使わず自己拘束する工具をつくった。
 これが面白いように爆発的に売れた。特に自動車産業向けにはセルフグリップが、欠かせないものになった。
 当然、日本にも持ち込まれた。1980年京セラが、イスカルと提携して国内で売りまくった。
 1セット5万円のセルフグリップのツールボックスが足の生えたように定価で飛んでいったという。
 このセルフグリップが、京セラの切削工具事業の、起死回生の一打となった。
 切削工具のビックユーザーのひとつ、トヨタ自動車とその関係企業との口座を得たのも、この突切り工具だと言われている。
 余談だが、京セラの販売担当者が、初めてトヨタを訪問したとき、「10年早いんじゃないの」と言われたとか。また、突切りのインサートに、サーメットを採用することで、工具寿命を大きく伸したのは、京セラの功績でもある。
 この突切り工具、時代の推移と共にセルフグリップの1コーナー使いから、2コーナー使いのDoグリップに、そのインサートもCVDからPVDに変化していく。
 しかし、セルフグリップは、市場に出て30年になるというのに、今でも結構売れている。ちなみに、イスカルの製品群の中で、最も売れているのは「突切り工具」と、ハルパス社長は語っていた。
 イスカルでその突切り工具に迫る勢いを見せているのが、ヘリミルからはじまったミーリング工具。今から10数年前、日本でヘリミルが紹介されたとき、競合メーカーから、「世界で最も評価の高いカッタ」と言わしめたもの。
 その21世紀版が「ヘリDo」。国内でも発売7ヵ月で1千万円(月間販売高)台をクリアした。最短レコードと言う。売れ出した理由は、ヘリミルの2コーナー使いに対し、ヘリDoは4コーナー使いで、値段も1・5倍といった価格設定と高性能がうけた。
 販売担当者に聞くと、「新製品で月間販売額が1千万円をクリアすると、その商品は確実にヒットする」と言う。ヘリDoは、このハードルを短期間でクリアしただけに、今後どれだけ伸びるか注目してみよう。




国内シェアも一段と伸ばす 市場に融合のコロマント

 サンドビック・コロマントが、日本の切削工具市場で、厚味のある大きなカベを打ち砕いた。俗な言い方をすると、苦節40年である。
 1963年(昭和43年)、貿易自由化でサンドビックは、自ら開発した替え刃式工具コロマントを引っさげて日本に乗り込んだ。
 当時のツール市場は、コロマントが得意とするターニング用の刃物といえば、今ではお目にかかれないロー付バイトが幅をきかし、工作機械に至っては、テープにデータを打ち込む初期のNC機が、チラホラと市中に出回っている状況。
 替え刃式工具を拡めるにも、市場はその下地すらできていなかった。だから、当初は、バイト用チップの売り込みから始まった。
 新しいもの好きのバイト業者が、コロマントに飛びついたが、モノになることはなかった。
 加えて、サンドビックに立ち向かう国内業界は、いたく神経質になった。「巨大メーカーの上陸で市場が奪われる」と、大騒ぎする一方、対抗するために「国内メーカーは競って、替え刃式工具の開発に走り出す。
 サンドビック・コロマントは、国内のそんな風景の中でスタートを切った。
 コロマントの日本での課題は、マーケットシェア15%の獲得の命題であった。だが、このカベは、コロマントに大きく立ちはだかった。
 世界で最も手ごわい競合メーカーが、国内でひしめき合っていたからだ。加えてコロマント自身に、戦略上の試行錯誤もあった。その最たるものが、販売体制の見直しで、流通から直販への切り替えが、販売業者の信頼を大きく揺るがせた。巷間では、「矢張り海外メーカーは?」と手痛い声も噴出した。
 サンドビックは、この失敗を回復するために大きな犠牲を支払った。
 加えて、国内でのコロマントの司令塔にも問題があった。バブルの最盛期、国内のコロマント部門は、国内大手に迫る売上げを記録した。これを、ピークとして、景気が下降すると、売上げが坂を転げ落ちるかのように下降の一途を辿る。追いかけるように、有力代理店の倒産に見舞われる。
 その歯止めの切り札として、司令塔が、初めて日本人の藤井裕幸氏が起用される。
 その藤井副社長が、2月6日、日刊紙も含めた定例の記者懇を開いた。その席上、藤井副社長は、宮城県の瀬峰工場を、向こう3年で国内最大のインサート生産工場にすると発表した。
 現在、国内のインサートの最大の生産工場は、三菱マテリアルの筑波製作所が最大(推定月産500万個)のものと定説になっている。同工場も生産量を増強中だが、コロマントの新工場も、完成するとほぼ同規模以上になるようだ。
 販売高でも、昨年から工場経営者も巻き込んで取組んでいたPIP(生産性改革支援プログラム)が、このプログラムを採用したユーザーからも、好評価を得ている。
 言ってみれば、現在の提案営業の2?3歩先を行くプログラム。さらに新製品の連発攻勢で、話題の国内シェアも、昨年は2桁台に乗せたことも再三あった。
 コロマント会に出席するため、来日したサンドビック本社のスンドベルク副社長(チップの研磨工出身)は、「新製品の売上げピークは、開発して7?8だが、これも3年に持っていく」と、スピードアップも強調する。さらに、同氏は、「サンドビックがより進化するのに、日本のユーザーニーズが大きく貢献している」と言う。
 記者は、サンドビック・コロマントを永年担当してきて、ここ数年、国内市場に完全に密着した姿を、初めて見る思いがする。この勢いは止まりそうにない。そして、超硬切削工具で国内市場でもベスト5の一角を占めるのもそう遠くないような気がしている。





オーエスジー 石川COO内定の周辺

 06年の、国内での工具業界の主役は、OSGだった。タンガロイとの提携、51歳の石川則男デザインセンター長を、OSG社長への起用は、いずれも世間を驚かせるに十分だった。
 この二つの出来事、工具業界の最後のカリスマ経営者といわれる大沢輝秀社長の布石を打つ意図が、周りに的確に伝わる。
 OSGに、「石川あり」が、業界内に伝わるようになったのは、ここ2?3年の話。
 それもそのはず、ご本人は04に長期海外勤務を終えて、デザインセンター長として、本社勤務になってから、日本では石川氏の名が取り沙汰されるようになった。
 また、OSGとタッグを組むことを決めたタンガロイの徳永昭大社長は、決断を下す過程で、「OSGの若い人たちと話をしたが、大変優秀で、これなら協業が出来ると思った」と話してくれた。
 その若手グループのリーダー格が石川さんだった。
 直近OSGグループに入ったある関係会社の社長は「大変腰の低い人、ひと言で表現すると紳士、先がよく見える人」とも話していた。
 そんな身近に、石川氏と接していた人たちも、石川COO内定の報に、いささかびっくりしたようだ。
 この石川氏が、OSG社内で頭角を現したのは、83年、米国ジョージア州の、ソスナー社に、生産技術者として勤務をしたのを皮切りに、04年に帰国するまで、21年に及ぶ海外勤務。
 その海外勤務で、地球企業戦略を推進する大沢社長の、手足となって働いた。その中でも、企業買収、新会社の立ち上げなど、欧州での仕事ぶりが評価されたようだ。
 本人は「帰国命令が発令されるまで、海外で定年を迎えたい」との思いが強かった。
 しかし、OSGの拡大スピードは、そんな思いを許さなかった。新たな仕事が、石川氏を待っていた。
 その仕事とは、デザインセンター長の椅子。このデザインセンター、平たく言えば、OSGが手がける全製品の、設計から商品開発まで一手に担う部門。
 組織のタテ割りでなく、商品開発を社内で横断的にやろうということだ。タップやエンドミル、ドリルをはじめとする全製品の開発技術者を集中させ、商品開発力を高める部門。
 この新部門を2年間で軌道にのせた。
 そして、大沢社長からCOOの指名を受ける。その時「自分では荷が重過ぎる」と断ろうとしたが、「第二の創業を達成したので、次の10年は若い人たちで担ってゆくべきだ」と大沢社長の強い説得を受け、石川氏は納得したと言う。
 この大沢社長と石川氏の距離だが、傍からみると、師弟関係のように見える。石川氏の口から第三者に話すとき、「そんな話は大沢社長から伺ってません」と言った尊敬言が、しばしば出る。
 COO内定を受けた石川氏は、社内で所信表明をするとともに、12月中旬に、関係グループ会社50社の経営幹部を集め、この先、OSGが何をするべきか、5年後、10年後のビジョンを売り上げ目標も含め、明確に呈示した。
 「10年後の売り上げについては、今のところ社外発表はできません」。「関係会社はいづれも好利益をあげている」。「しかし戦線が伸びているのも事実」。「グループ内の製造会社については、2年以内に品質保証をOSGがもてる体制にする」と、OSGのトップとしての考えを示した。
 さらに、タンガロイとのグループ化については、両者の距離感を縮める作業も急いでいることを否定しない。
 「タンガロイも含めたOSGグループは、世界一への挑戦権を得た」。と言った言葉も飛び出す。
 「サンドビックが世界のトップなのは、欧州で圧倒的シェアをもつからだ」、「ケナメタルが第二位なのは、北米で圧倒的シェアを持つから」、「しかし、急成長するアジアは、日本企業のホームグランド、ここで負けるわけにはいかない」と、世界へのチャンスがあることを話す。
 その一方、「世界で大きな企業を目指すのでなく、利益率で光る企業を目指す」と、拡大至上主義にとらわれない経営をやることも表明する。
 また、タンガロイの距離感については、「将来ビジョンを発表する前に、タンガロイに了解を得た。直近、タンガロイが中国で企業提携することについても、事前に話を聞いてい
る」と言う。
 また、将来持ち上がる大きな経営判断についても両者で摺り合わせをしていくとも言う。石川COOの責任は重い。その重さを感じさせないのも人柄か。





コピーされたマパールが抗議「旭ダイヤさん、それはないぜよ」
カッタブレード、品番まで同一とは

 06年の「JIMTOF」、好景気に支えられ大変な賑わいだった。
 工作機械の各ブース、それに関連する工具、ツーリングの各小間も、3日の祝日、4日の土曜日は、芋の子を洗うような状況。ブースの担当者は大わらわで、商品説明もままならぬ状況が、あちらこちらで見られた。
 そんな賑わいの裏で、競合企業間で「火花」が飛んでいた。
 西1ホールの工具の展示場。そこでも火花が飛んだ。
 「旭ダイヤと言う会社、どんな会社なんだ」と、マパールのブース担当者が、少し怒気を含んで記者に聞く。「ダイヤモンド工具では、日本を代表する会社ですよ」と返答すると、
 「それ本当なの、情けないね」と言いながら、マパールの社員が、記者にPCDカッタのブレードを2個差し出した。
 「これを見てよ、右が旭のブレード、左がマパールのブレード」と説明されながら見ると、2個のブレードは、一見かわりなく見える。
 「どうしたの」と聞くと、「よく見てよ、品番がマパールの品番と同じ。ブレードを、マパールのものにコピーするのは許せるとしても、品番まで同一にするとは」と、言葉を失った。
 そして、しばらくして言葉を足す。「つくる方も恥ずかしくないのかネ。本当に日本を代表する企業がすることかと、唖然としますよ」と、かなりのお冠だ。
 旭ダイヤが、マパールの製品をマネしたと言うのは、マパールの「パワーミル専用ブレード(PCD)」。旭ダイヤは、カッタそのものはつくっていないが、刃先きの部分のブレードをコピーして、さらに念の入ったことに、マパールの品番まで打ち込んでいた。
 旭ダイヤは、いくら厚顔であっても、このブレードは出品していなかった。やはり気がさしたのか。
 マパールの言い分は、パテントに触れない範囲のコピーは許せるとしても、型番、品番まで同じものをつくるのは「ニセ物」をつくるのと同じやないかと言う訳。
 勿論、マパールは旭ダイヤに抗議した。旭ダイヤの技術部長は
「よく調べて回答します:」との話しだった。
 偽物、コピー。工具の世界では、結構よくある話し。被害をうけるのは、いつも先発メーカー。
 かって、サンドビック・コロマントは、中国の最大超硬工具メーカーの「株州」と提携したことがあった。それで、偽物づくりで大きな被害をうけた。コロマントのインサートが、ケースも同じで超安値で、東南アジアを中心にバラまかれたことがあった。
 コロマントの「Uドリル」が、国内で発売された時も、偽物が出回った。調べてみると、大阪の小さな鉄工所が、偽物をせっせとつくっていた。
 くだんの鉄工所の社長に「なぜ偽物をつくるんや」と聞いたら、「売れるからつくるんや」と鉄皮面の回答。今回の旭ダイヤのケースもその状況と同じと言われても、返す言葉もないはづ。